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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)520号 決定 1956年5月18日

抗告人 森兵一(仮名) 外五名

相手方 山村次雄(仮名) 外五名

主文

原審判を取り消す。

本件を浦和家庭裁判所に差し戻す。

理由

記録によれば、本件は前記抗告人六名からの申立にかかる遺産分割申立事件につきなされた審判に対し前記の如く抗告人森兵一外二名から適法な即時抗告がなされたものであるが、遺産分割事件の性質上右抗告はその他の前記抗告人にもその効力を及ぼすものといわねばならぬ。

そこで別紙添付の抗告人らの抗告の理由について審按するに、その第二点について、当裁判所は次の如く判断する。

記録によれば、原審は、相続財産を組成する個々の不動産を評価するに当り鑑定等の措置をとることなく、いわゆる課税標準価格としての物件所在地町長の評価額をそのまま採用し、そして遺産分割の方法としては右不動産を個別に一部の相続人に帰せしめ、不動産を取得する者はその不動産の右評価額に相応する額を取得するものとし、この立て前の下に遺産の分割をしていることが認められる。然るところ右の評価額なるものは不動産の相当価額と一致しないのがむしろ一般の事例というべきであるから、かかる価額を基準としつつ右のような分割方法をとるとき、不動産を取得する者と然らざる者との間に、又、不動産を取得する者相互の間ではいずれの不動産を取得するかによつて、過不足を生ずる結果となり、相続分に相応する適正な配分は結局期せられないことになるといわねばならぬ。原審判は遺産の相続分に相応する分割に欠くるところあり、失当たるを免れぬ。

よつてその余の抗告理由に対する判断を省略し、原審判を取り消すべきものとして主文の如く決定する。

(裁判長判事 簿根正男 判事 奥野利一 判事 古原勇雄)

抗告の理由

一、原審判は申立の目的を無視し且つ審判を尽さない違法があると考える。

即ち申立人等は次雄と太郎が共にその身を立て山村家を興すことを目的として本件審判の申立をしたものである。

原審判に於てもこの点を考慮せられ慎重な調査と周到な用意を以て配慮せられたので抗告人等も深く敬意を表するものであるが、結果的には申立の目的を無視せられたと云う外なく甚だ遺感に堪へない。

何となれば太郎に於て現在営業中の店舖が単に次雄名義になつている理由で(実質は相続財産を以てしたものである)之を相続財産から除外せられながら一筆の農地を分割せられなかつたため審判の結果は図らずも店舖を失い遂にはその生計の途を失ふに至つた。

(現に次雄親子は店舖から太郎を追出せば……と公言している由である)

元来太郎に於て八百屋を開業したのは農地を次雄が引渡すことを心良しとせず店舖を提供すると云うことであつたからで太郎は勿論その妻も農家出身にて充分な労働力を有するのみならず法律上も耕作権を相続している太郎であるから原審判のように現物の分割による審判がなされるならば先ずこの点を考慮せられ太郎にも生計の途を与えるため是非共農地の一部を分割せられなければならぬと考へる。

而も原審判は分割審判後に於てもなほ共同相続関係を存置せしめているが―殊に太郎と次雄等の呉越同舟関係まで―このような関係は更らに関係者間の紛争を深刻ならしめるに過ぎないもので到底審判を尽したものとは考へられない。

若し本件に於て分割後もなほこのような共同相続関係を残存するならば全然分割をしない申立前の状態と大同少異で分割の目的が何等達せられないことに帰着するであろう。

二、原審判は相続財産の評価を過り関係者間に公平を欠く違法があると考へる。

原審判は相続財産の評価に当り物件所在地村長の評価格をとられているがその評価は所謂課税標準価格にして真の価格とは殆んど関係のないものである。

このことは吾々の常に経験するところで改めて説明を要しないところである、殊に農地の場合然りである。

元来○○町は高崎線沿線中、最も発展途上にある街にして最近は地価の高騰も甚しく更地にありてはその地目如何に拘らず坪数千円(三-五千円位)にて取引され本件農地も殆んどこのような関係にある土地である。

市街地周辺の農地を宅地に転用するのはその手続も至極簡単でその許可申請をすれば当然宅地となり本件地は公薄上畑となつていても実質は宅地と何等異るところがないのである。

然るに原審判はこのような事情を無視して単に地目が畑とあるため一律に農地として宅地の二十乃至十数分の一の評価をされ価も土地の利用状況も考慮されず、審判された結果分割して与へられる物件により極めて公平を欠くに至つているのである。

即ち次雄は現に農業を営みつゝあるの故か農地の全部を与へられたため形式上は僅少の価格に過ぎないが実質上では数百万円に達する財産を与へられたことに帰するに拘らず、他方太郎は実質上価値なき建物と宅地なるが故に農地の二十乃至十数倍に評価された宅地(而も共同相続者として)のみを与へられたゝめ実質上は僅少の地代請求権の一部を与へられたに過ぎないことゝなり一見しても明かに不公平な結果を招来しているのである。

殊に太郎等の共有とせられたものゝ中、公薄上は畑であるに拘らず現況が宅地であるため宅地として評価せられた土地は亡祖父三郎の死亡後甚だしきに至つては本件申立中、次雄が事実上該地を耕作していたのを奇貸として他の相続人の制止も聞かず権利金をとり他人に賃貸したもので、原審判は謂はゞ「実」のある物は之を次雄に与へ「かす」のみを太郎等に与へたような観を呈し原裁判所の慎重な審判にも拘わらず関係者は到底承服し得ないのである。

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